研究報告インタビュー / Interview 01

コタオリジナル「ナノ化育毛成分ユニット」
共同研究インタビュー

当社は埼玉工業大学との共同研究で進めておりました「育毛成分を効果的に毛乳頭に運ぶシステム」において、特許権を取得し、コタオリジナル「ナノ化育毛成分ユニット」を開発いたしました。
そこで共同研究者の巨 東英名誉教授(埼玉工業大学)と当社研究部の開発担当者 安 鋼に、今回の特許権取得に至る取り組みや、その想いについて伺いました。

巨 東英 (きょ とうえい)
埼玉工業大学 名誉教授

1992年3月に京都大学工学博士号を取得し、11月から埼玉工業大学機械工学科講師を経て助教授・教授に。2011年4月には埼玉工業大学副学長に就任、2020年3月より埼玉工業大学名誉教授。多くの特許技術に加え国際知能製造システム機構(IMS)最優秀論文賞を受賞する等、その活躍は多岐に渡る。

安 鋼 (あん こう)
コタ㈱研究部 研究課 開発二係 係長

02年に当社入社。現在は基礎研究チームにて毛髪・頭皮の基本的な微細構造の解析や、開発処方に応用できる成分や技術の検討・評価を担当している。

Q1
共同研究において開発された「育毛成分を効果的に毛乳頭に運ぶシステム」が特許として認められましたが、その時のお気持ちをお聞かせください。
嬉しかったですね。我々大学の研究者は基礎研究が中心であるため、すべての研究結果が製品として世にでる訳ではないのです。特許権を取得し、かつ製品という形にまで至った研究例は今回の件だけですので、感慨深いものがありました。
私としても長年取り組んできた研究が認められたこと、そしてこの特許で会社に貢献できると思うと、先生とは立場は異なりますが非常に嬉しかったです。
Q2
今回、弊社との初めての共同研究でしたが、共同研究に至るまでどのような経緯があったのでしょうか。 共同研究に至ったきっかけや、黒酸化鉄の人体への利用を思いついた経緯についてご教示ください。
数十年前、私は京都大学に所属していたころ当時17歳の安君と出会いました。彼は若く、何にでも興味を持つ研究熱心な学生だったと記憶しています。 また、その頃から私は埼玉工業大学に移り黒酸化鉄の研究と応用方法を探していました。そこにちょうど彼からの年賀状が届いていたので連絡をとったところ、彼がコタさんの開発担当者として育毛剤やシャンプーの開発に携わっていることを知りました。そのことを聞いて私は「黒酸化鉄は頭髪用化粧品の分野で応用できるかもしれない」と考えるようになりました。ちなみに、それを安君に話したところ、当時の彼は『半信半疑』でした。
そうですね。私も黒酸化鉄のことを調べてみたのですが、他社でも使用事例がない素材でしたので「使用できるかどうかすらも全く見えない」という印象でした。
Q3
先生が研究されている黒酸化鉄とは、どのような特徴のある物質なのか。 また、黒酸化鉄を研究対象に選ばれた理由をお聞かせください。
私が黒酸化鉄の研究を始めたのは、1998~1999年頃に世界的にナノ材料の使用が注目され始めたことがきっかけです。この世界的な流れに乗る形で、私もナノ材料の研究開発に着手することになりました。そこで、ナノ化(ナノメートル=100万分の1ミリメートル)する素材を探すことになったのですが、私は携帯電話の部品に使用されている黒酸化鉄に着目しました。 そして、私は黒酸化鉄のことを調べているうちに「黒酸化鉄の粉末は3ナノ以上で磁性を持ち、3ナノ以下では磁性がなくなる」という仮説があることを知りました。当時のナノ化技術は50〜100ナノくらいの大きさが主流だったため、私は磁性が弱くならないギリギリのサイズを調べるための実験をスタートすることにしました。その結果、「3ナノ以上で磁性を持ち、3ナノ以下では磁性がなくなる」という仮説が正しいことを証明すると同時に、「7ナノになると急激に磁力が強くなる」という特性があることを発見しました。 その発見以降、私は黒酸化鉄という素材に興味を持ち、今までにない使用方法を考えるための研究を始めることにしました。
Q4
今回の研究において黒酸化鉄の人体への利用に着目し、育毛剤への応用を実現されています。この発想はどのような経緯で生まれたのでしょうか。 また、黒酸化鉄を育毛剤に応用するためにどのような研究を行なったのでしょうか。
黒酸化鉄の研究を続けるうちに、学会で発表した論文が九州大学や東北大学の先生の目に留まり非常に興味を持っていただけました。そして、その先生方が共同で「DDS(ドラッグ・デリバリー・システム)研究」を進めているというお話を聞きました。私は「DDS」という言葉をその時初めて耳にしたのですが、生成したナノ化黒酸化鉄は外部から磁力を与えることで人体内においても物質の移動をコントロールできることから、DDS素材において優良な候補になり得ると思いこの研究に協力することになりました。しかし、さまざまな理由から医療分野での研究は一旦終了することになりましたが、この時に安君が育毛剤やトイレタリーの研究開発を行なっていることを思い出し、ナノ化黒酸化鉄を使えば毛穴から毛根の近くまで育毛成分を届けることができ、人体の生体磁力によってその場に留まり続けながら毛乳頭に効率的に効果を与えることが可能なのではないかと考え、私は安君に共同研究を持ちかけました。
先生から黒酸化鉄を利用した共同研究を持ちかけられたときは驚きました。また、私は工業系の素材開発に関する知識が不足していたため、「本当にそんなことが実現できるのか」という一抹の不安もありました。しかし、先生に今までの研究成果について熱心に説明していただいたとき、最終的には「挑戦する価値のある研究だ」と思い直し、上司を通じて会社へ報告し、共同研究をスタートすることができました。 共同研究がスタートして最初に行ったのは、化粧品・医薬部外品の分野で黒酸化鉄の使用例を探すことでした。特に、人体への安全性に関しては慎重に研究事例の有無を調べたところ、マスカラやアイシャドーなどの化粧品、医薬品への印字、錠剤を成形するための添加剤などで使用されていることから、黒酸化鉄が人体に与える影響は限りなく少ないことが判明しました。そして、黒酸化鉄を育毛剤に使用するうえで重要なのが黒酸化鉄の利用方法です。当初はナノ化黒酸化鉄の磁性を利用して流動させるという方向性でしたが、これには外部機械が必要となり非現実的だという結論に至りました。しかし、黒酸化鉄は新規性を有する素材であったこと、そして他社では合成の有機成分をDDSとして使用している例が多く、ナノ化黒酸化鉄の方がサイズも小さく利点が多いことから黒酸化鉄を核として使用し、周りに育毛成分をコーティングする方法を考えました。
Q5
共同研究の結果、黒酸化鉄をナノ化しDDSとして利用することが可能となりましたが、それまでのプロセスにおいて、どのような課題があったのでしょうか。
最初の課題は黒酸化鉄の周囲に育毛成分をコーティングさせる方法でした。
黒酸化鉄はその特性上、空気に触れると酸化がはじまり元々備わっている微磁性が失われるだけではなく、周囲の育毛成分にも影響を及ぼしてしまいますので、酸化を防ぐために酸化防止剤による保護層を作ることにしました。この酸化防止剤の選定が難航し、色々な成分で保護層の形成を試したのですがなかなか上手くいきませんでしたが、最終的には黒酸化鉄とイオン配列が似ている酸化ケイ素をナノ化黒酸化鉄にコーティングし、10ナノ以内の結晶構造粒子にすることで酸素との結合を防ぐことに成功しました。
そして、この酸化防止剤の膜に育毛成分を吸着させ、さらに外側を肌に近い性質を持ち吸収されやすい「リン脂質」でコーティングしました。この構造にすることで、頭皮に塗布してマッサージを行うことでコーティングが破れ、中の有効成分が毛穴に浸透し育毛効果を発揮することができます。このようにして「ナノ化育毛成分ユニット」が完成し、次に量産するための計画に移ったのですが、その際に「pH(ピーエイチ)値の維持」という大きな問題に直面しました。製品として市場に供給するためには、当然ですが全て同じpH値でなければなりませんが、量産するためには「同じpH値を維持しながらナノ化育毛成分ユニットの成形が可能な技術と設備を持つ企業」を探す必要がありました。
本来、黒酸化鉄をナノ化し結晶構造を作り上げるためには、「職人技」と言ってもいいほど高い技術が必要になります。特に、pH値を定められた数値にコントロールすることは非常に困難です。さらに品質を保ちながら量産すると同時に、「サイズの均一化」にも配慮しなければなりません。それらを解決するために「適切な添加成分の量と化学反応の時間」を変えながら、手作業で試行錯誤を繰り返し「最適な方法」を見つけ出したのですが、これには相当な時間を要しました。
同時に外部企業の選定を進めていましたが、条件を満たす企業はなかなか見つかりませんでした。そして、困り果てて悩んでいるときに寺田薬泉工業様に出会いました。寺田薬泉工業様はナノ化素材成形の経験が豊富で設備も充実しており、当社が指定する数量の安定供給が見込めることから、ナノ化黒酸化鉄の成形をお願いすることにしました。もちろん、寺田薬泉工業様にとっても初めての試みになりますので、何度も試験を繰り返しながら方法を模索した結果、一定量の成形が可能となりました。
Q6
今回取得した特許権は先生にとってどのような位置づけだったのでしょうか。
「特許」は大学の研究者にとっては自分に課した目標のようなものです。例えば、昇格の際には論文や特許出願の数が評価に関係するため、理工系の研究者にとって特許出願は「将来のためにやらなければならない事」という位置づけになりますが、今回は「この技術を使えばいい製品ができる」と確信していました。そのような観点からも、今回の件は私にとっても非常に嬉しい出来事でしたし、それを実現したコタさんのイノベーションに対する強い信念に驚かされました。